鹿島開発のあゆみ

茨城県東南部の中核拠点づくりを目指した国家プロジェクト

 茨城県が,昭和36年鹿島臨海工業地帯造成計画書いわゆるマスタープランを作成し旧鹿島町,旧神栖町,旧波崎町を区域とする土地に巨大な人工掘込式港湾,鉄鋼,石油化学,電力等などの総合臨海工業地帯を建設し茨城県東南部の中核拠点づくりを目指した国家プロジェクトである。 趣旨としては,茨城県の総合開発の拠点を形成し,国民経済の発展に寄与するとともに,後進県茨城の飛躍をはかろうとするものである。
 開発過程の中では,地元住民との合意の基で進めるという方針が明らかにされ各団体,地区,に対する説明会が開かれた。又地元主催の開発推進大会が開催されるなど鹿島開発への認識が高まり,一種の鹿島開発ブームが生まれた。
 昭和36年に始まった開発も,現在は北公共埠頭の整備,一部の造成等を残し生活環境整備,都市基盤整備などまちづくり形成に努めている。

鹿島開発のあゆみの年表

年月 事柄
昭和35年4月 鹿島灘沿岸地域総合開発の構想(試案)作成
昭和36年4月 茨城県鹿島港湾調査事務所,神栖村深芝浜に開設
県は地元3町村長に開発構想を,正式提示協力を要請
昭和36年9月 茨城県「鹿島臨海工業地帯造成計画」(マスタープラン)作成
昭和37年2月 神栖第2中学校で最初の推進大会開催
昭和37年4月 鹿島臨海工業地帯開発組合設立
昭和39年2月 用地買収の開始
昭和40年10月 神栖村大野原団地に居切浜,深芝浜の80戸集団移転
昭和42年1月 (財)鹿島開発用地提供者生活安定対策事業団発足
昭和43年4月 鹿島臨海工業地帯建設事務所発足
昭和44年5月 鹿島地区石油化学コンビナート合同起工式(11社)
昭和44年10月 鹿島港記念式典挙行
昭和45年8月 国鉄鹿島線営業開始
昭和46年1月 鹿島地区石油コンビナート合同完工式(13社)
昭和47年6月 鹿島セントラルビル・オープン
昭和47年12月 鹿島地域公害防止計画策定
昭和48年6月 県・鹿島・神栖・波崎・3町及び進出企業37社の3者間で「公害防止協定」締結
昭和59年7月 鹿島臨海工業地帯開発組合解散
昭和59年8月 鹿島開発局を廃止,企画部鹿島開発課に改組,鹿島用地事務所を設置
昭和59年10月 鹿島臨海工業地帯開発協議会を設置
平成6年9月 (財)鹿島開発用地提供者生活安定対策事業団解散

計画地域及び関連地域

旧鹿島町,旧神栖町,及び旧波崎町の区域(約2万ヘクタール)を計画区域とし,その周辺部約2万ヘクタールの区域を関連地域とする。
 

計画期間

昭和38年度から昭和42年度までの5年間を第1期とし,昭和43年度から昭和50年度までを第2期とする。

計画の目標

  • 第1期計画では臨海部に2,100ヘクタール(630万坪),その近接地区に430ヘクタール(130万坪),合計2,530ヘクタール(760万坪)の工業用地を造成するとともに住宅用地330ヘクタール(100万坪)を確保する。又,工業港の建設をはじめ道路,鉄道,工業用水道関連施設の整備を行う。
  • 第2期計画においては,工業用地800ヘクタール(240万坪),住宅用地330ヘクタール(100万坪)を造成する。

施設整備

事業名 平成5年度末までの実績 事業費
工業団地造成事業 事業施行区域2,683ヘクタール 49,718百万円
工業団地関連事業 街路4路線
排水路1路線 その他
1,394百万円
港湾整備事業 防波堤6,681メートル,航路浚渫113,132千立方メートル
岸壁1,560メートル
154,370百万円
埋立事業 面積7,604千平方メートル 56,401百万円
道路整備事業 国道2路線
県道5路線
37,688百万円
街路整備事業 奥野谷知手浜線
外9路線
8,969百万円
農地整備事業 替地造成48地区,土地改良12地区
特別ほ場整備1地区,その他
33,027百万円
特定公共下水道事業 管渠L=29,728メートル,処理場5列
ポンプ場3か所,その他
22,189百万円
鹿行広域水道用水供給事業 浄水及び送水施設 13,652百万円
鹿島工業用水道事業 取水及び浄水施設 84,782百万円
緩衝緑地事業 神之池緑地,和田山緑地,高松緑地
計113ヘクタール
2,220百万円
住宅建設事業 県営住宅
町営住宅
7,645百万円
鹿島線建設事業 鹿島線(香取~北鹿島)17.0キロメートル
大洗鹿島線(水戸~北鹿島)52.8キロメートル
52,054百万円
鹿島臨海鉄道建設事業 昭和45年11月営業運転開始 3,445百万円
合計 527,554百万円
鹿島開発史,開発の現況を参照

鹿島開発関係記念碑

この「鹿島開発関連記念碑の碑文」は、神栖市土合東に在住の北島和義氏が、郷土歴史勉強 会である「遊歴の会」の文集『逍遥』第6号(平成14年発行)に発表したものです。北島氏は、鹿島開発による移転者の労苦に思いをはせ、開発の歴史が風化しないようにとの願いから、開発関連碑の調査を行い、碑文の全文を記録しました。鹿島開発の史料としてご活用いただきたいとのことですので、ここに掲載致します。

  鹿島開発関係記念碑(PDF 600KB)

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